人文三冊モヤモヤ読み
更新日:8月11日

谷川嘉浩さん、朱喜哲さん、杉谷和哉さんの『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』と、國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』、山口周さん、深井龍之介さんの『人文知は武器になる』を読んで思い浮かんだことを書いています。
先月ぼくはエディットツアーのナビに加え、14離仲間の渡月さんに誘われて、編集学校がしている多読アレゴリアの中でも本好きが集まるという、多読ジムの冊師をすることになりました。とはいうものの、色々と情報の行き違いがあったようで、ぼくはまだ編集学校で「破」コースの師範代もしたことのないぺーぺーなので、プロセスを飛び越して冊師になんてなっていいものなのか、全く自信がありません。困ったことに、生徒としてクラブに入っている読衆さんのほうが、みなさんぼくよりめちゃくちゃ本を読んでいて、きちんとした方々ばかりなので、ぼくが回答にコメントするとしたら、ぼくは個人的に色々と勉強になっても、読衆さんたちにとってはあまりメリットが無いのではないかと気になっています。ともかくぼくは幽霊部員的な「ぶらり冊師」に落ち着きました。7月はクラブの主任である風礫(ふうれき)さんから、まず読衆さんと一緒にお題をしてみませんかと言われ、課題本を選んで、それに合わせてさらに本を集めて自分の(ヴァーチャルな)本棚をつくる「ブッククエスト」というのに参加してみました。
今回千夜千冊の代わりに上げているのが、ぼくが課題本10冊の中から選んだ3冊です。風礫さんは売れ筋の本を中心に、多読ジムの方々の好みを加えておられるので、普段マンガばかり描いていて本もマンガもあまり読めてない、ベストセラーなども知らないぼくには新鮮でした。
課題本のタイトルになっている「ネガティブ・ケイパビリティ」とは結論を出すことを急がず、迷い悩む状態に耐える力のことなのですが、『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』は、ぼくにとっては読むためにネガティブ・ケイパビリティが要る本でした。
というのも、この本で対談されている方々が、ワクチンに反対する人々を「反ワク」と呼び「反ワク=陰謀論者=Qアノンや参政党支持者」という結論を出していて、「そうした陰謀論にハマってしまう人々は、周囲から普段自分の話を聞いてもらえない人々なのだ。だから可哀想アピールをしたり、光の勢力vs闇の勢力(善と悪)という単純で自分たちに都合のいいナラティブに引き寄せられてしまうのだ。」という感じのナラティブを思い描いておられたので、正直なところ、かなりモヤモヤしながら読みました。
ぼくは、彼らは「反ワク」とレッテルを貼られた科学者たちが何を訴えているのか聞いたことなど無いのだろうかとか、彼らは『突然死』というドキュメンタリー映画のことや、もしかしたらとんでもなく多くの人がワクチンで亡くなっているかもしれないという可能性があること、日本にも元国立公衆衛生院疫学部感染症室長の母里啓子先生(2021年逝去)や、京都大学の福島雅典教授など、新型コロナワクチンや、ワクチンの異様さを訴えているお医者さんや大学の教授がいること、家族がワクチンを打って数日後に急死し、訴訟を起こした遺族が存在することや、子宮頸癌ワクチンを打って障害を負った少女たちのことなども知らないのだろうかとか、それとも彼らはそういう人たちが訴えてることまでもデマだとか、フェイクニュースだと思っているのだろうか…などということをモヤモヤ考え続けて腹が立ってしまい、かなり読むのがしんどかったです。
しかし本を読む合間にのぞいたSNSで、この本でも引用されている『魔女の宅急便』について、ほんのれんラジオのオジー師範が、別の視点から感想を述べている記事を偶然目にしたことで、ちょっと気が楽になり、最後まで読み進めることができました。オジー師範の感想のおかげで、この人たちの見方だけが全てではないという当たり前のことに気づけたというか、子どもが「学校は社会の縮図だけど、学校だけが世界じゃない」と気づけたのと似たような感覚が湧いて、本との適度な距離を取ることができ、冷静に読めたことで勉強になった点もありました。
例えばアテンション・エコノミーと社会運動のジレンマについて、両方とも注目を集めなければ声は届かないけれど、広く届く形に単純化すると、本来伝えたかった複雑さが失われてしまうという問題があるという意見にはなるほどと思いました。他にも、自分をいつの間にか社会を「設計する側」に置いてしまうような人が、実際にはその人自身も選択肢を与えられ、誘導されているのかもしれないといった指摘などは鋭いなあと感心しました。この本では編集学校が先行してしているように思われるにアイデアも語られていて、これって「たくさんのわたし」だよなとか、「これは多読アレゴリア」だよねと気づき、最後まで興味を持って読むことができました。
二冊目に読んだ、國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』は、能動的でも受動的でもない「中動」という概念を紐解くことによって、ぼくらの「意志」とは何なのか、本当の意味で「責任をとる」とはどういうことかを粘り強く突き詰めた本です。ぼくとしてはこの本が一冊目を読んだ時のモヤモヤを解きほぐすような感覚があって、結構夢中になれました。ネガティブ・ケイパビリティがどう役立つのかという話なら一冊目が具体的ですが、自分の中にネガティブ・ケイパビリティを養うのだったら、こうした本が効くのではないだろうかと思います。
三冊目の『人文知は武器になる』は、AIの登場によって知的生産が代替され、「正しさ」が揺らぐ現代において、世界を理解し判断の基準をつくるためにも人文知(哲学・歴史・文学)について学ぼうというビジネスマンのための教養本といった雰囲気でした。ビジネスという言葉自体があまり好きではないぼくには縁遠い内容かと思ったら、山口さんと深井さんは、セイゴオ先生の思想についてもいくつか取り上げられていたりして、直接的な引用がない部分でも、「問い」を重視したり、測定できない質的情報に価値を見出すなどという方法が紹介されていて、編集工学的なものの見方に近い部分が多い本でした。
ただ、深田萌絵さんの発信されている情報を追いかけているぼくとしては、トランプ(とAI企業群)が、やろうとしているのは単なる復古主義的な政策ではなく、通貨覇権戦争(通貨の裏付けとなる資源を獲得するための新たな植民地支配)だという視点がはずせません。また、このようなビジネス界をリードする人々が、世界情勢をアメリカVS中国とかBRICS VS 欧米という枠組みで捉えて、もしイスラエルや台湾の浙江財閥(麻薬・半導体シンジケート)を見逃しているのだとしたら、現状認識が致命的になってしまうのではないかと心配にもなりました。
しかし、ぼくは山口さんと深井さんの気概のある様子はとても頼もしく感じました。とくにこの本では明治維新に対する解釈の仕方が面白かったので、一部引用したいと思います。
深井さん:
同じ時期に同じ外圧にさらされながら、日本はなぜ内部分裂を乗り越えられたのか。幕末の日本も当初は攘夷派と開国派が激しく対立しました。しかし薩長同盟に象徴されるように対立していた勢力が「このままでは外国に滅ぼされる」という危機感を共有することで、ある段階から方向性を一本化することができた。明治維新後も旧幕府側の人材を積極的に新政府に登用するという、敵対勢力を取り込む柔軟さを発揮しました。朝鮮と中国では対立する勢力のどちらかが相手を完全に潰そうとしたのに対し、日本は対立を抱えながらも最終的に統合へ向かうことができた。この差が、同じ外圧の下で明暗を分けた最大の要因だったと思います。(193p)
山口さん:
つまり、藩ごとに教育制度や政策が異なるために、倫理やリーダーシップ論などについて絶妙な多様性があった。また、制度や組織の多様性があった一方で共通項もある社会だったからこそ、近代化という共通目的のもと、多士済々が集まって分権的な試行錯誤ができたことで、世界に類を見ないような短期間での近代化を成し遂げることができたんだと。その共通目的を持てたということの背景に、中長期的合理性に対するセンスがあったという見方はできますよね。(250p)
明治維新というと、ぼくを含め”陰謀論者”(あるいは保守系の論者)は、明治維新そのものを外国による日本乗っ取りの第一段階として見ることが多いのですが、たしかにぼくも当時の攘夷派と開国派のどちらかが完全に相手を潰していたら、国内のダメージももっと深刻で、より早く属国化していたのではないかと思います。
そうならなかったから日本は第二次大戦で徹底的に叩かれ、その後も欧米の(そして今は台湾浙江財閥の)言いなりになっているのですが、ぼくは当時の攘夷派と開国派というのが、今の保守(右)とリベラル(左)に近いなと思ったのです(自民・維新以下その他のエセ保守は、ぼくは論外としています)。
そう考えると、ぼくらはかつて一度「このままでは外国に滅ぼされる」という危機感を共有することで、ある段階から方向性を一本化することができたのだということになります。この構造を現代にうつすと「このままでは浙江財閥を中心とした軍産複合体に滅ぼされる」という事態になっているということではないでしょうか。ならばぼくはこの危機感をこそ共有したいと思うのです。
移民について強く反対している人の中にも、一番優先的にすべきは、自民・維新の分断売国政策なのだと気づき始めている人はいます。なので、そういう人たちがどういうことに困っていて何に危機を感じているのかを聞こうとせず、単なる排外主義やレイシズムと一括りにすると、余計に分断が深まる事態になるのではないでしょうか。また日本に長く暮らしている外国の人々とその子どもたち、そして在日の人々と、安倍政権時代から始まった、政治家や利権団体の思惑をベースにした移民政策に誘致されやってきた人々とでは、日本に来た背景や、人間関係がそれぞれ異なることを配慮せねばならないように思います。
大手のマスコミが報道しないだけで、今実際に司法が機能しておらず、スピード違反や、室外機や農作物の盗難が見逃されているだけでなく、母親が不審死し、外国人の父親から虐待を受けPTSDになったお子さんが、現在その子を保護をしている祖父母のもとから、司法の判断で加害者である父親のもとへ連れ去られようとしているなどといったことが起こっています。
F35戦闘機などの開発に携わったアメリカの技術者、ジェイソン・ホーさんによると、浙江財閥と癒着する自民党政府が、これほど急速に移民政策を推し進めるのは、日本人の給料を増やさず円安で困窮させたいというだけでなく、日本人の税金を使って日本をイスラム教の国、正確にはイスラム国(IS)のテロリストの拠点にし、アメリカのユダヤ系金融資本を打倒しようとしているからなのだそうです。先月トランプ大統領が「日本イスラム共和国」という発言をしたのを、マスコミはイランと言い間違えたのだと言っていますが、上記の情報がCIAから政府関係者へ、トランプ大統領へと伝わっていたため、彼が記者の前で情報を漏らしてしまった(あるいは駆け引きとしてワザと匂わせた)のだと考えることもできます。
浙江財閥と自民党政府は、東芝やパナソニックなど日本企業の技術者から横取りした技術と日本人の血税によって、日本各地に半導体工場やデータセンターを建設し、今やAI殺人ドローンや、ドローンに搭載できる小型核爆弾を製造し、世界中に売りさばいて、第三次世界大戦を起こそうとしています。
日本の中でも一番大きな工場が建てられているのが熊本であり、地震の直前、熊本市長は台湾の政府関係者と会っていました。熊本にサイエンスパークなるものを建設するためです。しかし同じTSMCがつくった台湾のサイエンスパークは、深刻な環境汚染と健康被害を起こした施設として有名です。自民党政府と熊本市長はそんな施設に日本国民の血税10兆円を注ごうとしているのです。
政府はこの地震を憲法改正や浙江財閥の進出に利用しはしても、能登の時と同じく、地域の復興には一切手を貸さないのではないかとぼくは考えています。熊本の人々が被災により地域を追われ仮設住宅に押し込められて、コミュニティがバラバラになり経済的にも打撃を被れば、土地や水源を容易に奪うことができるからです。
ぜひ日本社会について考えているリベラル系の人、企業で働く人々にも、深田萌絵さんの著作を読んでいただきたいと思います。ぼくは深田さんが無事渡米し、浙江財閥の犯罪について証言して、ジェイソンさんがRICO法による捜査権を得ることで、ぼくたちが売国汚職議員や多くの人々の命を奪った企業から、ぼくたちの故郷を、日本を取り戻せるようになることを切に願います。地震やイオンモールの爆発で亡くなった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
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