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天と王とシャーマン

執筆者の写真: Hisahito TeradaHisahito Terada

千夜千冊1788夜、エドウィン・C・クラップさんの「天と王とシャーマンー天に思いを馳せる支配者たちー」を読んで思い浮かんだことを書いています。 https://1000ya.isis.ne.jp/1788.html  無神論なのにスピリチュアルとはどういうことだろう。ぼくのまわり、というよりぼくの知人のTさんのまわりには、瞑想・ヒーリング・ヨガ・セルフケア・占い・魔法・宇宙人好きはたくさんいるが、日本人なせいか、そういうのが好きな女性たちは無神論者でも熱烈な何かの信者でもなく、もっとふんわり「八百万の神さま」を信じている。特にミレニアルズ世代に集中してるというわけではなく、子どもを持つお母さん世代が多いことも、アメリカの「nones」(ノンズ)とは大きく違う点である。ぼくが「自然派」と呼んでるその人たちは、マクロビオテックなどの食事療法や自然療法に真剣で、Nさんはシュタイナーなどにも詳しい。自然派の動向は超監視資本主義のスーパーグーグル○○タウンなんかより、ずっと有機的で循環的で土俗的で、持続可能な別様の文化になりうるとぼくは考えている。    「今こそ訊こうじゃないか。シャーマンに精霊を呼んでもらって道を尋ねようじゃないか。モンゴルの大地が大丈夫かどうか、借金や抑圧がなくなるかどうか、訊ねようじゃないか。泥棒は誰なのか、尋ねようじゃないか」。  これはモンゴルのヒップホッブグループ「Ice Top」(アイス・トップ)の《Am Asuuya》(2011)のリリック&ヴァースの一部だ。こんなにシャーマンめいたラッパーがモンゴルにいるとは思わなかった。なんとなく絶望的だけどがんばろうJポップのそれとは比べものにならない凄まじさである。  ぼくの中のモンゴルは『グレート・ジャーニー』で、探検家の関野吉晴さんが遊牧民の少女と友達になった頃の景色のまま停止している。その少女の名はプージェー。6歳で鞍もつけずに馬を駆っていた。しかし草原に道路が作られ、車にはねられて死んだ。  多分、若いころのセイゴオ先生の周辺にいたシャーマンに一番近いのが、ぼくにとっての Tさんなのだろう。ぼくはあんまりアーティストっぽい人は知らない。ぼくも一時、自称ヒーラーという人に何度か会ったことがあるが、なんとなく反りが合わなかったので先生の気分が分かる気もする。Tさんはもっと人間臭いというか、あやしくておもしろいし、変だけど科学的だ。自分を売ろうとする気持ちより、知的探求心や好奇心の方が勝っているし、アナーキーな面もある。ただTさんの生き方は「個」の救済と「実践」に特化している。  たぶん日本にノンズがいるとしたら、テレビ向けのヒーラーやカリスマ占い師やメンタリストの類のことなのだろう。  先生はそういう類の動向より、歴史的シャーマン文化がどんなシンポリズムや儀式や創作行為や建造物に向かったのか、なぜ原始古代社会はシャーマンを必要としたかということに注目してきて本書に出会った。  本書の著者は先生憧れのロサンンゼルスのグリフィス天文台の、台長だった研究者である。本書の内容は古代における天空信仰とその造形感覚、現代にのこる未開部族のシャーマニックなリーダーシップの話が、天の川の星のごとく煌めいているようだ。  伝統的なシャーマンの多くに共通する特徴は、トランス(trance 恍惚・忘我)、エクスタシー(ecstacy 脱魂)、ポゼッション(possession 憑依・憑霊)、アルタード・ステート(altered state of consciousness:ASC 変性意識状態)を身近かにしていたということにある。  一部のシャーマンはいわゆるメディシンマン(呪医)だった。悪霊と闘い、異界を出入りし、疫病を退散させる。ぼくもそう思っていたのだが、霊媒とシャーマンは微妙に違うようだ。正確には霊媒はシャーマンであるらしいのだが、シャーマンが霊媒であるとはかぎらないのだという。  またシャーマニズムはしばしばアニミズム(animism)とともに語られることがあるが、多くのアニミズムはシャーマンを介さないし、ほとんど組織もつくらない。一方シャーマンはアニマ(霊魂)の実在を確信するアニミストでありながら、シャーマン組織(仲間)の一員(メンバーシップ)ともなった。    今夜のお話を読んでいると、だんだん編集学校が巨大シャーマン組織であるような気がしてくるから不思議なものだ。そう思って読んでみると編集学校のシステムにも「治療」があり、「聖なる場所」があり、祭りやトーテムがあることに気づく。  シャーマンとはスカイウォッチャー(天空を見る人・感じる者)であり、彼らは「天空の王」を想定した。しかし本書は天空神そのものには目を移さず、天空神の力を受信してその力を借り受けるシャーマンの存在と、そのための装置や意匠や持ち物にばかり関心を注いでいるのが他の本との大きな違いらしく興味深い。  ぼくはシャーマンが「身につける」動物のシンボルは、編集の「型」に近いのではないかという気がした。それを先生はシャーマンは「天空を纏(まと)うこと」がお役目だったのだと仰っている。つまり「スター・チェンバー」(星の部屋)とは師範代にとっての「教室」のことであり、「指南」とはどの星に狙いを定めるか、どんな方位を重視するか、そのためどんなドラミングやコズミックダンスを踊るのか、そこを際立たせるということなのだ。  先週から今週にかけては色々とさしかかる場面が多かった。ぼくだけかと思ったら日本も揺れている。  世界中で火山の噴火が起きている。間違った。HAARP(ハープ)とかいう馬鹿みたいな兵器によって人工的に噴火が起こされている。終末の演出のつもりらしいが、ぼくにとってはただのアホみたいに迷惑極まりないだけの話である。  結局コロナ詐欺のせいで使い捨てゴミが増えて環境はさらに悪化した。ズーノーシスと言いながら肉食が減るわけでも畜産動物の地獄が無くなるわけでもない。SDGsだと言いながら5Gタワーや開発のために木を伐りまくって小鳥や虫など野生動物の住処は減るばかり。電磁波による鳥や蜜蜂の大量死もある。何が「未来のために」だ。何がイノベーションだ。泥棒は誰なのか、尋ねようじゃないか。  母の職場のワクチン接種者が2人死んだ。ワクチンで死んだ。スマホどころかビデオデッキの操作もままならず、ネットをしたことのない母からのナマの話である。一人は打って3日後急性白血病と診断され入院し、その3日後に死んだ。間違った。殺された。  親父が医者に数値が悪いと脅されて自ら新しい抗がん剤の実験台になった。今1クール目で、あと2クールするらしい。どうなるかわからない。そもそも最初の手術時にリンパ切除を依頼していたのに妙に手術時間が早かった。ぼくらは、本当に切除したかどうかなど素人には分かるまいと、誤魔化されたのではないだろうかと考えている。コロナ詐欺のせいで下級国民は面会もできない。家族と引き離して殺すのなら、もはやナチス以外の何ものでも無い。  Yさんもお母さんが亡くなったという。最期会うことはできたのだろうか…。 【おまけ・1】  先日の14離の集まりでは、武臨院のHさんから千夜千冊1164夜、ショーペンハウアーの差し入れがあった。曳瞬院のSさんは、師範代とは一人ひとりが高濃度のエネルギーが集まった場なのだと、シャーマニックなことを言っていた。 【おまけ・2】 『鬼滅の刃』は読んだことが無いしこれからも読む予定は無いが、ぱっと見絵は歌川国芳だ(感想以上終了)。Оさん曰く師範代はエネルギーの通り道、火元組のビジュアルはマフィアなのだそうだ(笑)。 【おまけ・3】  シャーマンにも脱魂型、予言者型、霊媒型、精霊制御型、見者型があるというのも初めて知った。ちなみに天使さんによると、ぼくは精霊制御型。ぼくは夜地面に寝っ転がって星を見るのが好きな遊牧定住者である。 冴ゆ星の大空纏う鬼の舞

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